大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

大阪高等裁判所 昭和23年(ネ)236号 判決

控訴人

八木幸吉

被控訴人

内閣總理大臣

主文

本件控訴は、これを棄却する。

控訴費用は控訴人の負擔とする。

事実

控訴代理人は「原判決を取消す、内閣總理大臣片山哲が昭和二十二年五月二日、控訴人を公職追放覺書該當者と指定した處分が無効であることを確認する。控訴費用は第一、二審とも、被控訴人の負擔とする」との判決を求め、被控訴法務總裁指定代表者は「本件控訴は、これを棄却する。控訴費用は控訴人の負擔とする」との判決を求めた。

當事者双方の主張は、控訴代理人に於て、本件は司法裁判所の裁判權に屬するものと考える、すなわち、昭和二十二年閣令内務省令第一號は、連合軍總司令官發日本政府宛、昭和二十一年一月四日附覺書による指令の執行のため、制定されたものではあるが、右命令は日本の命令であつて、公職追放に關し、日本政府及び日本國民がせねばならない手續等を規定し、一般の法律命令と何も區別なく、從つて、右命令に違反した行爲は特別規定のない限り、當然、司法裁判所の裁判權に服さねばならない。

勿論、前示覺書が超憲法の至上命令であり、連合軍が政府の追放に關する處置について、絶對の自由を留保することも、當然であるが、右連合軍の絶對權が行使されない時には、政府も國民も現行の法律命令に基いて、法律生活を營むの外はない。

そして、右追放に關する命令では、たゞ追放に關して政府が執らねばならない手續と、國民の心得が規定されただけで、別に連合軍との關係は規定されていないから、右は純然たる國内法と言わねばならない。しかも本件事案は、政府が一國民に對して、行政處分の形で行つた具體的個々の措置が、法令に違反していること、つまり、國内法の範圍内で、政府が法令違反をしたことを攻撃しているに過ぎないので、このような訴權は、明らかに、憲法第三十二條によつて保護されているものである。なお、政府が追放手續を誤りながら、その救濟手段たる訴權を否認するのは、明らかに民主主義にも反するものであると陳述し、

被控訴法務總裁指定代表者において、昭和二十二年閣令内務省令第一號等は、連合軍總司令官發日本政府宛、昭和二十一年一月四日附覺書による指令の履行のため、制定せられた命令であつて、右覺書の諸條項に徴すれば、覺書該當指定權者と定められた内閣總理大臣は、右覺書による指令に從い、取るべき一切の行爲について、最高司令官に對して、直接責任を負擔する者として、その指令の趣旨を執行する機關にすぎない。

故に、内閣總理大臣が政府の一行政官廳として、一般國内法規に從つて、行う行政處分の違法を理由とし、その取消變更を求める爭訟と、本件のように公職追放處分の無効を主張する事件とは、自ら性質を異にし、從つて、本件は司法表判所の裁判權に屬しないと陳述した、

外何れも原判決事實摘示のとおりであるから、ここに、これを引用する。

理由

先づ本件について、裁判所が裁判權をもつかどうかを考えて見る、そしてそのためには、公職追放に關して發せられた法令が、一般にいわゆる、行政法規の範圍に屬するかどうか、及び内閣總理大臣が、この法令に從つて、やつた覺書該當の指定が、行政廳のやつた行政處分と言えるかどうか、を明らかにせねばならない。

そして、昭和二十二年閣令内務省令第一號が連合軍總司令官發日本政府宛、昭和二十一年一月四日附覺書(公務從事ニ適セザル者ノ公職ヨリノ除去ニ關スル件)による指令の執行のため、制定せられた命令であることは、當事者間に爭がないところで、右命令が國内立法によつて制定され、日本國民を對象とする點から見れば、形式的には國内法に屬すること當然であるが、進んで、右命令の内容や目的などから考えると、右命令は、連合軍の覺書による指令を直接執行するためのものであるから、ただ、單に國家機關である行政廳の行政活動を規定した、いわゆる、行政法規とは自ら性質を異にし、從つて、本命令の運用解釋等も一般行政法規の場合とは違つたものとなるのは當然である。

又、一方、右覺書の諸條項に徴すれば、内閣總理大臣は、覺書該當指定者として、右覺書による指令に從つて、連合軍總司令官に對し、直接責任をもつ者として、その指令の趣旨を執行する機關となつたものであるから、その資格において、した處分は、これを單に、行政官廳が國内行政の執行としてしたものと見ることはできず、從つて、この場合の内閣總理大臣の處分は一般行政處分の範圍に屬しないものと言わねばならない。

然して裁判所は、行政事件についても、裁判權をもつが、ここに、いわゆる行政事件とは、一般行政廳の處分について、行政法規を適用する事件に限るものと解せられるところ、控訴人が本訴で請求するところは、原判決及び本件口頭辯論で明らかなように、内閣總理大臣が本來の行政行爲でない、覺書該當の指定をしたことについて、通常の行政法規に屬しない公職追放に關する法令を適用せねばならない場合に該る請求であるから、本件はいわゆる行政事件でなく、勿論私權に關する民事事件でもないから裁判所は、このような事件については、裁判權をもたないものと言わねばならない。從つて本訴請求は不適法であつて本案請求の當否を判斷するまでもなく却下を免れないのであるから、原審が同樣の理由で、控訴人の請求を却下したのは相當で本件控訴は理由がない。

よつて、民事訴訟法第三百八十四條第一項及び同法第八十九條を適用して主文のように判決する。

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例